IE9ピン留め

310 転倒

 84歳の老人になったせいか、転倒しやすくなった。若いとき、とくに子供は、動作が機敏である。
昨日、次男の車を車庫に見にいったところ、転倒しメガネとカメラが傷ついた。幸いメガネは割れて無くて、変形しただけで良かったが、カメラが撮れなくなった、幸いカメラを動くようになった。
 最近、老人の死亡通知が、来ることが多い。寒い季節には、死亡も多いのだろう。

# by fumioy6 | 2011-12-07 17:45 | Trackback | Comments(0) 

309 リハビリセンター試し

 昨日リハビリセンターで試しのりハビリーをうけた。

# by fumioy6 | 2011-09-23 08:48 | Trackback | Comments(2) 

308  日本の敗戦がアジア諸国にもたらした事

 日本は太平洋戦争にまけた。しかし、これまで英米、オランダの植民地だった
アジアの国々に、大きな影響をあたえた。
文化の遅れた、アジアの国々にアジア民族として、こんなことが、できるとお手本を示した。
 中国が、先進文化を示したように。しかし中国は、先進文化に奢りすぎ、
Europa、米国、ロシアの植民地になってしまった。
 日本の開戦当時の戦価と能力が,自信をあたえ、戦後、航空機など、
各種の技術を教え、アジアの国々に自信をもたせた。
その意味でも,日本の敗戦は、必ずしも無駄ではなかったことになる。
 毎夜TVで紹介した、副首相、周恩来の紹介があった。 
    (彼は東北大に学んだことがあり、ロシア語、英語も出来る)
  毛沢東の敵意を受けながらの、日米友好への尽力には、敬意を払いたい。

# by fumioy6 | 2011-08-21 14:53 | Trackback | Comments(0) 

307 日本の敗戦記念日

 日本の敗戦記念日、広島、長崎の原爆投下日慰霊祭が行われた。
何れも、思い出、多い地である。広島は義父、山下千代寿が出勤の途中、頼まれて赤ちゃんの、往診で寄り道をしたため命を救った。兄は、開業医であったが終戦まじかで招集され。広島で爆死した。
長崎も原爆が落ちた。私は学徒動員で長崎造船所で、現場工として働いた。沢山の思い出があるが、原爆投下時には、九大航空工学部に入学して、原爆から逃れた。
ここでも,当時のアメリカの雑誌が色刷りであったり、物量ともにかなわぬ事を痛感した。

# by fumioy6 | 2011-08-21 12:11 | Trackback | Comments(1) 

306 映画 小川のほとり

久しぶりで映画を見に行った。藤沢周平原作の時代劇「小川ののほとり」
 幼い時から、一緒に育った一家がいた。時の殿様の施政が、農民にとって
好ましくないと、時の藩主に建白書を出した。佐久間愛之助である。
 すでに佐久間は、討っての朔之介の妹を妻にしていた。
(妻、田鶴をひそかにしたう、朔之助家に仕える、若党の新蔵があった。彼も田鶴とは幼少時から、ともに育って来た) 朔之助は。藩主から、佐久間を切るよう命を受ける。
 兄弟のように育って来、しかも剣道の名手、佐久間が相手である。
心が千々に乱れたが、君主の命である。それに背くわけに行かない。討つ決心をした。
 その結果、佐久間が討たれ、妻、田鶴は、新臓と結ばれた。

洋画ではSpilbergの、宇宙には、人類以外の生物がいるとの思想の作品3種と、
 日本大使館員、黒田演ずる演ずるイタリアAmarufiでの映画が、楽しかった。 





# by fumioy6 | 2011-07-13 12:43 | Trackback | Comments(1) 

305 ハナミズキ(吉田紀子:幻灯舎文庫)

昨夜、就眠時、全巻を読んだ。吉田君(故)と芳野 信君が出席したReye症候群の会合がされた。
懐かしのハリファックスが文中に出てくる。
 著者の両親がカナダに留学し、著者もそこで生まれ、一歳までカナダにいた。
父とは死別し、母は日本で婦長をしている。
(久留米大で、看護学部を作った、私と境遇が似る)
 著者は、英会話教師で、恋人の康平(漁師)と満開ハのハナミズキが、
 見まもるように、柔らかい花びらを、そっとゆらすなかで結ばれる。
著書「ハナミズキ」の由来である。

 

# by fumioy6 | 2011-07-01 06:57 | Trackback | Comments(0) 

304 夢

「夢うつつ」と言う言葉がある。寝ていて、夢を見たのであろうか、
夢の中で時々分けのわからぬ行動をすることがある。
 
 先日遠城寺宗知さんの法要をした。その写真多数をEちゃんに送った。

 今朝、大牟田の私の弟の未亡人Kさんから電話がかかり、
Eちやんに送ったはずの写真が「自分の所に送って来た」とのこと。
 
 夢の中での出来事か(?) 確かにEちゃんに送ったはずのに、
これも夢の中の話だったのか。

# by fumioy6 | 2011-06-21 16:38 | Trackback | Comments(0) 

303 米国とジャズ

米国と言えば、ジャズが特徴である。
 昨夜、米国のジャズの歴史がTV で紹介され、つい深夜まで見てしまった。
米国の南の文化が、北にあがってきたと考えて間違いなかろう。
 ルーズベルトが、米政権をたてた時代には、金持ちの米国も、食うや、食わずの時代であった。
戦時色のそまったNew Yorkのブロードウェイが、TVで紹介された。
 日本の真珠湾攻撃で、第2次大戦が開始され、戦後シカゴに留学した私も、米国人に、暖かく迎え
て貰った。 今は、韓国、中国の時代にかわった。
 ジャズの名曲、ガーシュインの、米国初めての管弦曲も出現した。今もあのmelodygが思い浮かべられる。
 南と北、それは黒人文化と白人文化とのそうこくであった。

 気をつけると、奴隷として連れてこられた黒人と、豊かだった白人との戦い、
白と黒との戦いでもあった。米国も黒人が大統領になる時代を迎えた。
 気をつけてみると、最近は黒人と白人との結婚も平気のようである。世の中もかわった。

# by fumioy6 | 2011-06-14 08:09 | Trackback | Comments(0) 

302 高峰譲吉の生涯

高峰譲吉の生涯を福岡のソラリアシネマで鑑賞した。
 彼は米国に渡り、米人の奥さんと結婚し、二人の男子をもうけた。
この奥様が偉い方で、研究一途の高峯を陰で、支えた。
 
 高峯は、金沢、加賀藩の家老宅に出生し、東大医学部でなく、
工学部卒、薬学部の方が世間に及ぼす影響が大であることから工学部で、
製薬の道を志した。
 この映画を見たかった理由は、大牟田の実父にも、
養家先、山下家の祖父にも、高峰から米国に来ないかとの、勧誘があったと、
聞いていたからである。
 二人とも、成績優秀で、しかも実父は、山下家の祖父、筆吉の
代用教員時代に、島根県浜田時代、教わっていた。

 高峯も秀才で、1922年没。有名なものに、消化剤(タカジアスターゼ)、
強心剤等(エピネフリン)がある。

# by fumioy6 | 2011-06-04 22:12 | Trackback | Comments(0) 

301 音楽都市 久留米

久留米が文化都市であることを、小児科医の1さんから、CDを送って頂き、2009年12月6日に
エールピア久留米視聴覚ホールで開催された「ロングライフ・コ-ルの合唱」を聞いてそう思った。
久留米には、数々の名曲を生んだ、中村八大の生家があります。久留米の音楽文化をここまで高めたのは、久留米で開業の本間先生(故)の尽力があった。ロングライフコールの公演にあたっては、先生の息子さんが指揮に駆けつけた。大牟田在の団 伊玖磨(故)が「筑後川の歌」を作曲している。


# by fumioy6 | 2011-05-24 07:33 | Trackback | Comments(0) 

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